1927年12月27日
奥沢は後に大岡山に変更、瀬田河原は二子玉川に改称された。
1927年12月17日
資本金は500万円、本社は玉川電気鉄道本社所在地と同一、社長は玉川電気鉄道専務(代表取締役)の津田興二氏が兼務。
1927年8月28日
渋谷線は渋谷〜神奈川間の全線開通にあわせて東横線に改称された。
1927年7月12日
二子橋を経由するため、玉川停留場が北側に移設された。
1927年4月23日
二子橋に接続するため、玉川線と砧線の合流部分から北側にカーブする形で線路を付け替え、玉川停留場の位置を移設する計画変更を行った。