2003年〜2018年
田園都市線が営団半蔵門線を介して東武伊勢崎線・日光線との相互直通運転開始

東急田園都市線、営団半蔵門線、東武伊勢崎線・日光線の3社4路線、中央林間〜南栗橋間98.5kmの相互直通運転網がスタートし、田園都市線で東武30000系が営業運転開始、初めて東武鉄道の車両が世田谷区内に乗り入れた。

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1999年〜2002年
デハ150形(154-153編成・152-151編成)が営業運転終了

154-153編成は上り2運行(上町21:30着)、152-151編成は下り4運行(上町24:23着)をもって営業運転を終了した。この日でデハ150形は全車両が営業運転から退き、玉電時代から活躍する旧型電車は完全に引退、 […]

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1969年〜1984年
営団半蔵門線(渋谷〜青山一丁目間)開通により新玉川線と相互直通運転開始

1981年の営団8000系登場までは東急8500系のみでの運行だった。

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1969年〜1984年
新玉川線(渋谷〜二子玉川園間9.4km)が開通

開通当初は8500系6両編成が渋谷〜二子玉川園間で折り返し運転され、田園都市線との直通列車は設定されていなかった。

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玉電歴史年表
玉川線(渋谷〜二子玉川園間9.1km)・砧線(二子玉川園〜砧本村間2.2km)が営業終了、玉川線(三軒茶屋〜下高井戸間5.1km)は翌日から世田谷線として存続

5月10日の終電をもって営業運転を終了し、5月11日付で廃止された。渋谷24:20発二子玉川園行き最終列車はデハ201号、渋谷24:35発大橋行き最終列車はデハ204号で運転され、深夜の渋谷駅には500人以上が見送りに訪 […]

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玉電歴史年表
5者間で「首都高速道路3号線(2期)の建設に伴う現玉川線及び新玉川線の処理方針」の覚書が締結

建設省、首都高速道路公団、東京都、世田谷区、東急の5者間で、新玉川線の国道246号線直下への渋谷〜用賀間地下化と玉川線の廃止、バス代行の方針が決定された。

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玉電歴史年表
新玉川線渋谷〜二子玉川園間の地方鉄道敷設免許を取得

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玉電歴史年表
東横百貨店前〜天現寺橋間、渋谷橋〜中目黒間を東京都に譲渡

1938年11月1日から東京都(当時の東京市)に経営が委託されていたが正式に譲渡された。東京都交通局により運行され、渋谷橋〜中目黒間(8系統:中目黒〜築地間)は第一次都電撤去として1967年12月10日付、渋谷駅前〜天現 […]

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玉電歴史年表
二子読売園〜砧間、二子読売園〜溝ノ口間を軌道法から地方鉄道法に変更して運行開始

二子読売園〜砧間は鉄道線としての運行開始にあたり砧線と呼称された。玉川線とは運賃体系が分離され、スタフ閉塞による運転となったが、従来通り玉川線の車両が使用された。

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玉電歴史年表
二子読売園〜溝ノ口間を大井町線に変更

大井町線の鉄道線車両が乗入れを開始し、軌道線車両は乗入れを終了したが、この時点では引き続き軌道法による運行となっていた。

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