1951年3月7日
途中に農大前、三本杉、大蔵、宇奈根駅を設置し、玉川線を鉄道に転換のうえ、地下鉄に乗り入れ都心方面に直通する計画だった。
1950年7月17日
2両運転化により、西太子堂・世田谷・宮ノ坂は三軒茶屋方に、玉電若林・松陰神社前・上町は下高井戸方に延伸された。
1949年9月1日
現在の松原1号踏切道付近にあった。上りホーム跡は現在も鉄道用地となっており、当時の面影を見ることができる。
1949年9月1日
現在の山下4号踏切道付近から、現在の松原駅の位置に移設された。移設前の六所神社前停留場上りホーム跡にはコンクリート基礎が残っており、当時の面影を見ることができる。
1949年2月21日
輸送力増強のため、分岐器は二子玉川停留場から流用、松陰神社前1号踏切道〜2号踏切道の間に設置された。
1948年8月1日
同年5月6日に設立された財団法人東急弘潤会が、東急線の駅業務や売店、食堂等の運営を担った。