1969年〜1984年
新玉川線(渋谷〜二子玉川園間9.4km)が開通

開通当初は8500系6両編成が渋谷〜二子玉川園間で折り返し運転され、田園都市線との直通列車は設定されていなかった。

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1969年〜1984年
運賃改定を実施(70円均一)

普通旅客運賃は40円から70円に改定されたが、1976年3月31日までは暫定的に60円とされた。運賃改定は1974年7月以来1年半ぶり。

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1969年〜1984年
運賃改定を実施(40円均一)

世田谷線改称後初めての運賃改定が実施され、普通旅客運賃は20円から40円に改定されたが、12月31日までは暫定的に30円とされた。運賃改定は玉電時代の1966年1月20日以来8年半ぶり。

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1969年〜1984年
玉電松原駅を松原駅に改称

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1969年〜1984年
玉電山下駅を山下駅に改称

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1969年〜1984年
玉電若林駅を若林駅に改称

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1969年〜1984年
玉川線三軒茶屋〜下高井戸間5.1kmを世田谷線と改称して運行開始

三軒茶屋駅では5月10日の下高井戸行き最終電車(154-153編成)通過後、玉川線との線路を切り離し、ホーム部分を2面1線化する工事が行われた。起点は三軒茶屋交差点上の玉川線分岐器始端からホーム始端付近に移され、73.2 […]

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1969年〜1984年
世田谷線管区が発足

大橋の玉川線管区が閉区し、上町駅上りホーム入口に世田谷線管区事務所が設置された。

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デハ200形
玉川・砧線廃止に伴いデハ30形、デハ40形、デハ60形、デハ200形の全車両、デハ80形の一部が廃車

最終日まで運転されたデハ30形デハ31〜36・38・39号(デハ34号は1968年9月13日から休車)、デハ40形デハ41・42・45・46・48〜52号、デハ60形デハ61〜65号、デハ80形デハ89・91〜94・96 […]

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停留場変遷
玉川線(渋谷〜二子玉川園間9.1km)・砧線(二子玉川園〜砧本村間2.2km)が営業終了、玉川線(三軒茶屋〜下高井戸間5.1km)は翌日から世田谷線として存続

5月10日の終電をもって営業運転を終了し、5月11日付で廃止された。渋谷24:20発二子玉川園行き最終列車はデハ201号、渋谷24:35発大橋行き最終列車はデハ204号で運転され、深夜の渋谷停留場には500人以上が見送り […]

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