奥沢は後に大岡山に変更、瀬田河原は二子玉川に改称された。
資本金は500万円、本社は玉川電気鉄道本社所在地と同一、社長は玉川電気鉄道専務(代表取締役)の津田興二氏が兼務。
バス10台が配置され、車庫は新町に置かれた。
渋谷線は渋谷〜神奈川間の全線開通にあわせて東横線に改称された。
フットゴングと併用とされた。
二子停留場、高津停留場、溝ノ口停留場が開業した。
二子橋を経由するため、玉川停留場が北側に移設された。