二子橋に接続するため、玉川線と砧線の合流部分から北側にカーブする形で線路を付け替え、玉川停留場の位置を移設する計画変更を行った。
46〜52号が汽車製造、53〜55号が日本車輌で製造された。初めての半鋼製車体となるなど設計が変更されたが、玉川電気鉄道時代は固有の形式称号が定められておらず、車両竣工図表では「形式称号ボギー客車」とされている。
長谷戸停留場、鎗ヶ崎停留場、中目黒停留場が開業した。