恵比寿駅前〜天現寺橋間1.0km(開通時は広尾線、後に天現寺線と呼称)が開通
1924年5月21日
新橋停留場、豊沢橋停留場、天現寺橋停留場が開業した。特許書類によれば開通時は広尾線、東京横浜電鉄合併後は軌道線が玉川線と総称されるようになったが、東京都譲渡時の申請書類には天現寺線と表記されている。
玉電への東京市電所属電動貨車・貨車の乗入れ開始
1924年3月17日
東京市電中渋谷線(青山線)中渋谷停留場から玉川線渋谷停留場の連絡線を介して乗り入れた。砂利連絡輸送は多摩川砂利合資会社からの委託により行われた。砧線大蔵停留場で東京市電の電動貨車・貨車に砂利が積み込まれ、玉電の乗務員が中 […]
関東大震災が発生、電力供給が絶たれて営業不能となる
1923年9月1日
富士瓦斯紡績箱根発電所の被災により、駒沢変電所経由での電力供給が絶たれたため、玉川電気鉄道の軌道事業、電灯・電力供給事業とも運営できなくなった。