56〜61号と同形車で、日本車輌で製造された。
開通当初は午前11時までの制限が設けられ、1929年3月1日から終日運転となった。
日本車輌で製造された。同年7月に入籍したとする資料もある。再び中扉が設けられるなど設計が変更されたが、玉川電気鉄道時代は固有の形式称号が定められておらず、車両竣工図表では「形式称号ボギー客車」とされている。
バス10台が配置され、車庫は新町に置かれた。
フットゴングと併用とされた。
二子停留場、高津停留場、溝ノ口停留場が開業した。