恵比寿駅前〜天現寺橋間1.0km(開通時は広尾線、後に天現寺線と呼称)が開通
1924年5月21日
新橋停留場、豊沢橋停留場、天現寺橋停留場が開業した。特許書類によれば開通時は広尾線、東京横浜電鉄合併後は軌道線が玉川線と総称されるようになったが、東京都譲渡時の申請書類には天現寺線と表記されている。
武蔵電気鉄道麻布二ノ橋〜世田谷間の起業目論見書の変更が認可、免許区間を二ノ橋〜広尾間に短縮、広尾〜世田谷間は起業廃止
1915年5月12日
軽便鉄道から4フィート8 1/2インチ(1,435mm)軌間の電気鉄道に変更された。